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2017.01.09 Monday ... - / -
#バースデー
弟がうまれる日は雨だった。ぼくは学校に行っていて、帰ってきたらお母さんがいなかった。メモが置いてあって、赤ちゃんがもうすぐうまれること、おじいちゃんとおばあちゃんが来ること、お父さんがあとでぼくを迎えに来ることが書いてあった。友だちと遊ぶ約束をしていたけど、病院に行かないといけなくなったから断った。

5時過ぎにおじいちゃんとおばあちゃんが来た。会うのはお正月ぶりだ。おじいちゃんとおばあちゃんは鹿児島に住んでいるので、夏休みとか冬休みとか、長い休みのときにしか会えない。6月のこんなふつうの日に会うのはなんだか変な感じがする。おじいちゃんとおばあちゃんがどこにでもいるおじいさんやおばあさんみたいに思えて、なんだかうまくおじいちゃんおばあちゃんと呼べない。家にいるのにお出かけしてるみたいな気分だ。居心地が悪い。

おじいちゃんはずっと帽子をかぶっている。山みたいな、ひっくり返したプリンみたいな形の帽子だ。あの帽子はなんて名前なんだろう。名前を知らないものが、ぼくにはまだまだたくさんある。おばあちゃんの服装も、なんというかだらしなくない。この前年末にいっしょにデパートに行ったときの感じに似ている。6時を過ぎるとお父さんが帰ってきた。ぼくたちはお父さんの車でいっしょに病院に行く。

車でお父さんがお母さんの具合について話した。お父さんはおじいちゃんおばあちゃんと話すとき敬語を使う。大人が大人に敬語を使うのは不思議だ。担任の田宮先生も隣のクラスの担任の伊藤先生と話すときに敬語を使うけど、あれも変だ。田宮先生はたぶん35才くらいで、伊藤先生はたぶん25才くらいだと思う。伊藤先生は、かわいい。ぼくのタイプではないけど、かわいい先生だなあとは思う。田宮先生は、ふつう。いつもジャージだし、髪もぼさぼさっとした感じだし、かっこよくない。かっこ悪いわけでもないけど、なんだかふつうのおじさんって感じがする。田宮先生は伊藤先生のことが好きなんだと思う。ぼくたちは田宮先生が伊藤先生と付き合えばいいのにと思う。田宮先生に伊藤先生のことが好きかどうか聞いたら、田宮先生は別にふつうだよと言ったけど顔はうれしそうな照れくさそうな感じだった。

お母さんは2時ごろ自分でタクシーで病院に行ったという。ジンツウのヨチョウが来たっぽいので病院に行くけど、うまれるまでまだ時間がかかりそうだからソウタイしなくていいと言われた、とお父さんは主におじいちゃんおばあちゃんに向けて話す。こういうとき子どものぼくはわからない言葉を丁寧に説明してもらえず、あまりよくわからないまま相づちを打ったりする。わからないことを聞こうとすると、大人の話に子どもが口を出してはいけないと注意されるのだ。もうぼくもいいかげん学んだ。こういうときは、わかったふりをして聞き流すのがいちばんいい。

赤ちゃんは何時にうまれるの、とお父さんに聞いたら、わからないけど夜中かもしれないと言われた。病院に行ったらたぶんわかるよ、とも。それ以上はぼくもおじいちゃんもおばあちゃんも、いちばん情報を持っていそうなお父さんも話すことがなかった。夜になるのにまだ少し明るくて、もうすぐ夏が来るなあとか考えながら、窓の外をずっと見てた。

病院に着くと、お母さんがベッドで寝ていた。もっとなんかこう、うーんうーんって苦しんでるイメージだったけど、ただ寝てるだけだった。格好が入院患者みたいで、それでちょっとお母さんが心配になった。うまく言えないけど、お母さんがどこかに行ってしまうような気がした。死ぬとかそういうのじゃなくて、なんていうか、別人になりそうな。

それ以上考えると泣きそうになったので、ぼくは考えるのをやめた。お母さんに、がんばってと言った。お母さんはぼくの手を握って、ありがとうと言った。顔にうっすらと汗がにじんでいた。

それからすぐに緊急手術です、とかいうこともなくて、15分もすると、やることがなくなった。さっきの泣きそうな気持ちもどこかに行ってしまった。ひまだったので病院の廊下を探検することにした。お父さんに、あんまり遠くに行くなよ、と言われた。

病院の廊下はなんだか不思議な感じがする。どちらかというと現実じゃなくて夢のなかみたいだ。ぬるっとしてて、はっきりしない。学校はもっと机があったり黒板があったり校庭があったりして、色がはっきりしている。病院は何色って言えばいいのかわからない微妙な色が多い。どちらかというと白い壁、強いて言えば緑の廊下。においも不思議だ。なんのにおいかわからない。ぼくは退屈になった。

病室に戻ると、いったん帰ることになった。ぼくは拍子抜けした。いつかテレビで見た、お母さんを乗せたベッドのまま動くやつがガーッと廊下を走って、周りにはたくさんのお医者さんと、あと、がんばれと言って手を握るお父さんがいる。ぼくたちは手術室の手前までしか行けなくて、運ばれているお母さんを見送る。「手術中」の赤いランプがつく。何時間もずっと黙って待っているしかなくて、そのうち、「手術中」の赤いランプが消える。なかから、これもまた何色って言えばいいのかわからないけど青と緑を混ぜたみたいな色の服を着たお医者さんが出てきて、マスクをはずしながら、手術は無事に成功しましたよ、と言う。ほっとするぼくたち。あるいは、お医者さんは無言で首を振る。泣き崩れるぼくたち。どっちもテレビで見たことがある。そういうのを想像してたんだけど、現実は意外とのんびりとしている。お父さんだけがあとでまた病院に来ることになって、ぼくたちは帰る。

帰りにジョイフルに寄った。なにもないのにファミレスに来ることなんてめったにない。今日はなにもなくはないんだけど、別にどこかに遊びに行った帰りとかじゃないから、不思議な感じがした。4人がけの席に、ぼくとお父さん、おじいちゃんとおばあちゃんで向かい合って座る。お母さんがいない。変な感じがした。

思えばなにかがあるときにはいつも必ずお母さんはいた。お父さんがいないことはあっても、お母さんがいないことはなかった。お母さんがいなくて、おじいちゃんとおばあちゃんがいる。なにを話せばいいのかわからなかった。おばあちゃんに、弟と妹、どっちがいい? と聞かれた。ぼくは弟、と答えた。ほんとはどっちでもよかった。

ぼく以外の大人たちはお母さんのことを話している。お母さんと、赤ちゃんのこと。がんばって聞いてみても「うまれる」とか「男の子」とか「名前」とかそういう単語しかわからない。たぶんお金のことを話してるっぽいな、みたいなのはわかるけど、具体的になんのお金のことなのかとかが全然わからない。誰も解説してくれない。

ドリンクバーで、コーラとメロンソーダとCCレモンを混ぜたやつをつくった。コップを持って戻ると、お父さんが、なんだそれ、と言った。ぼくはオリジナルカクテルソーダとだけ言って、飲んだ。カクテルっていうのは大人が飲むおいしいお酒で、大人っぽくてかっこいいから言ってみたんだけど、これをカクテルというのかどうかほんとはわからなかった。訂正されなかったから正しいんだろう。おいしいと思うものを足したはずなのに、ただ甘いだけで全然おいしくなかった。だけど、我慢して飲んだ。薬だと思って飲んだ。

チーズハンバーグのセットを頼んだのだけど、さっきのジュースが甘くてご飯を食べる気がしなくなった。だいたいお米とジュースは合わない。お腹はすいていたけど、ぼくはチーズハンバーグを一口も食べなかった。やっぱりいらないと言った。ほんとはお腹がすいてたし、ジュースの甘さを差し引いてもほんとはチーズハンバーグを食べたかったのだけど、いらないと言った。お腹すいてなかったのかとお父さんに聞かれたけど、ぼくはだまってドリンクバーのところにいって、また、コーラとメロンソーダとCCレモンを混ぜたやつをつくった。お父さんがそれ好きだなと言って笑ったけどそうじゃない。好きじゃないからこれをつくって、好きじゃないから飲むんだ。お父さんはなにもわかってなかった。ぼくだって、なんでぼくが好きなチーズハンバーグを一口も食べないで、なんで嫌いなジュースを飲んでるのかわからなかった。口のなかが甘くて、だけど味がしなかった。食べないならハンバーグもらうよとお父さんが聞いて、ぼくはなにも言わなくて、ほんとにもらうよと念を押されて、それでもぼくはなにも答えなかったからお父さんはハンバーグを食べた。もうこれで本当にぼくはハンバーグを食べられなくなって、取り返しがつかなくなった。

ジョイフルからの帰り、ぼくはなにもしゃべらなかった。ぼくがしゃべらないと、周りの大人たちもみんなしゃべらなかった。ぼくはそれにちょっとだけ気分をよくした。

帰ると9時ちょっと前だった。いつもならもうお風呂にも入ってて、あとは寝るだけなんだけど、今日はお風呂に入ってないどころか、お湯もまだ入っていない。お父さんがお湯を入れて、おじいちゃんとおばあちゃんに先に入られませんかと言っている。お母さんがいなくて、おじいちゃんとおばあちゃんがいるだけで、家のなかのいろんなことがちぐはぐになる。おじいちゃんがぼくにいっしょに入ろうと言ってくれて、最初にぼくとおじいちゃんが入ることになった。

ぼくはおじいちゃんが好きだったのだけど、今日だけはなんだかみんな嫌いだった。お父さんも、おばあちゃんも。だけどおじいちゃんとふたりきりになると、おじいちゃんはいつものおじいちゃんになった。やさしかった。おじいちゃんはお風呂で一言もお母さんや赤ちゃんの話をしなかった。それがちょっとうれしかった。

お風呂から上がるともう10時前で、ぼくは眠たかったので寝た。大人たちは何時まででも起きていられるからすごい。そのぶん朝いつまででも寝ているけど。

何時だかわからないけど、夜中に起こされた。目をあけると、青の濃いやつ、紺色よりももっと濃いやつが部屋中にどっぷりとある。夜中の色を初めて見たと思った。気を抜くと紺がすぐ黒になって気持ちよくなる。そのたびにお父さんがぼくを揺らしながら起こす。脳の奥の深いところが引き剥がされるような気持ちになる。ぼくは半分眠りのなかにいながら服を着替えた。

外はまだ暗かったけど、夜という感じもしなかった。朝が近づいている。6月なのに少し肌寒い。雨が小降りになっている。

車のなかで、もうすぐ赤ちゃんがうまれそうだとお父さんが言った。お父さんはなんだかお父さんじゃないみたいだった。おじいちゃんもおばあちゃんもなんだか落ち着きがない。これ、ほんとにお父さんとおじいちゃんとおばあちゃんか?

病院に着くと、お母さんはもう赤ちゃんをうもうとしているところだった。お父さんだけが手術室みたいなところに入った。ぼくたちは廊下で待っていることにした。テレビで見た通り、ぼくたちは黙っていた。黙ろうと思って黙ってたんじゃなくて、話すことがない。誰になんて言えばいいのかわからない。そのうち、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。なかでわーという声が上がって、拍手していた。ぼくもおじいちゃんもおばあちゃんも立ち上がって、顔を見合わせた。

はじめて弟を見た感想は、変、だった。人間の顔じゃない感じがする。お母さんにもお父さんにも、ぼくにも似ていない。ぼくもうまれたときはこんな顔だったんだろうか。信じられない。だけどお母さんは、お父さんも、この赤ちゃんをすごくきらきらした目で見ている。かわいいとか言っている。手なんかこんなに小さくて、とか言っている。ぼくからしたら、ほめるところはそこくらいしかない。小ささしかない。手とか足とかのパーツがとても小さくて、だけどちゃんと指が1本1本あってすごいと思う。よくできてるなと思う。それはすごい。だけど、全体的に見てもかわいいって感じはしない。やっぱり、どちらかというと変だ。

赤ちゃんのことでひとしきり盛り上がったあと、朝の6時半だったので、いったん家に帰って、学校に行く準備をした。お父さんも会社に行くと言う。お父さんは実は寝てないらしかった。なにかあったらおじいちゃんとおばあちゃんが病院に行ってくれることになった。

その日学校ではずっと眠くて、遊ぶときも身体がうまく動かなかった。頭のなかにべっとりと膜が張っているような感じ。いろんなことが思った通りにできない。イメージしてるのよりちょっと遅れる。帰ってきてから、おばあちゃんのつくったご飯を食べて、お風呂に入って8時には寝た。

おじいちゃんとおばあちゃんはそれから1週間くらいいて、お母さんの退院にあわせて鹿児島に帰った。ある日帰ったらおじいちゃんとおばあちゃんがいなくて、お母さんと弟がいた。お母さんが退院することは聞いてたけど、お母さんがいなくておじいちゃんとおばあちゃんがいる生活に慣れてきたころだったので、急にまた元に戻って変な感じがした。お母さんだけじゃなくて、今度は弟もいる。生活は、元通りというわけにはいかなかった。

弟は赤ちゃんなので泣くのが仕事だ、とお母さんとお父さんは言う。そう言いながらも、ふたりともときどき、うんざりしたようになる。もー、また泣いてー、今度はどうしたん、とお母さんが少しいらいらしながら言うのを聞くと、ぼくはちょっとだけ弟のことがかわいそうになる。

週末、お母さんの友だちがよく遊びに来るようになった。お母さんの友だちもだいたい子どもがいて、ぼくより年下なことが多かったけど、子どもも一緒に来たりした。お母さんといちばん仲のいい友だちで、まきちゃんというひとがいて、ぼくはまきちゃんが好きだった。まきちゃんだけは結婚していなかった。当然、子どももいない。まきちゃんは下の名前がなんとかマキっていうんじゃなくて、蒔田という苗字なのでまきちゃんなのだった。だけど、ぼくからしたらまきちゃんこそが「マキ」っていう女のひとって感じで、テレビでなんとかマキとかいうひとが出るたびに、違うなあと思っていた。

お母さんのお友だちは、たいていプレゼントを持ってきた。箱に入ってて、中身は赤ちゃん用の服とかよだれかけとか靴とかだった。それをもらって、お母さんがわあありがとう、うれしい、助かるみたいなことを言って、弟を見て、かわいいとか小さいとか言う。お母さんの友だちはみんな弟を見て女の子? と聞いた。なんでだろう。女の子っぽく見えるんだろうか。ぼくにはどっちにも見えない。男の子のような感じもするし、女の子のような感じもする。うまれたばかりのころとは違って、少し人間っぽくなってきた。だけど、男か女かはぱっと見てわからない。

まきちゃんは、弟を見て、うわあハゲだと言った。ぼくはそれがおもしろかった。お母さんも別に気を悪くした感じではなかった。みんな笑った。えー、男の子? 女の子? と聞いた。男の子、とお母さんが答える。名前は? 嘉幸。ふつうの名前だね。画数多いね。テストのとき名前書くの大変だ。まきちゃんは変なところにこだわる。ぼくはまきちゃんのそういうところが好きだった。

まきちゃんが、プレゼント持ってきたんだ、と言う。お母さんがありがとうと言って受け取ろうとすると、まきちゃんは悠介に、と言う。悠介というのはぼくの名前だ。ぼくに? とぼくが聞く。まきちゃんはうん、と言ってぼくに包みを渡す。なんでぼくに? とぼくは聞く。悠介はお兄ちゃんになったからね、とまきちゃんは言う。悠介はさ、弟がうまれるまでお兄ちゃんになる練習をしてきたもんね。それでめでたくお兄ちゃんになったんだから、お祝いだよ。お母さんは、変なの、という。ぼくはなんだかこれまでずっと心のどこかに引っかかっていたものが、ものすごい勢いで溢れ出してくるのを感じた。目の前の赤い包みの輪郭がぼやけてぐじゃぐじゃになった。まきちゃんはよくがんばったといってぼくの頭をぽんぽんと叩き、ぼくは涙がひざにぽろっと落ちて、それからとうとうわんわん泣いてしまった。
2014.08.10 Sunday ... comments(0) / trackbacks(0)
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